カンボジア除隊兵士プログラム

除隊兵士支援の意義

国家が紛争状態にある時、多くの国民が兵士として動員され、兵員が増加していきます。しかし紛争が終結すると、兵士の存在理由は低下するばかりか、国家財政を圧迫する不要な存在になってしまいます。従って、武器を回収し、(Disarmament)動員解除(Demobilization)を行って社会に再統合(Reintegration)することは極めて重要なプロセスになります。(これらのプロセスを頭文字を取ってDDRと言います)

子供の頃から銃を持って闘い続けてきた除隊兵士は、多くの場合、教育や技術を身につける機会がなく、さらに、心身に傷を負っている者が大勢おり、自立した生活を営む事は極めて難しいのが現状です。

除隊兵士は社会的弱者であるという認識を持ち、その社会復帰や自立を支援することは、紛争後の平和構築を実現していく上で欠く事のできないプロセスです。

カンボジアでは内戦の終結に伴い除隊プロセスが開始され、2003年までに3万1500人の兵士が動員解除されますが、特に戦闘で心身の傷を負った元兵士にとって社会復帰は極めて難しい状況です。

インターバンドは2000年12月より、カンボジア・バッタンバン州、プルサット州、コンポンスプー州、タケオ州において延べ100家族以上の除隊兵士(家族)の支援を行っています。これまでの活動に基づいて、インターバンドが実施してきた活動について報告し、DDRについて考えるきっかけを提供したいと思います。

 

カンボジアの兵員削減状況

カンボジア政府の財政構造は政府支出の多くを国防及び治安関係の歳出が占め(1998年の経常支出の52%、GDPの4.32%)大きくバランスの欠いた予算構造となっており、国家再建の足かせとなっている。こうした歳出の現状に加え、慢性的な歳入不足、非効率的な行政システム、汚職の蔓延などガバナンスの欠如は国内の政治経済的混乱を招いている。

カンボジア政府は国防予算を削減し、これを社会経済開発に向けることを目標に2000年から3年間の予定で31,500人の兵士を動員解除する「カンボディア動員解除社会復帰プロジェクト」(Cambodia Demobilization and Reintegration Project、以下CDRP)を実施し、国防予算の大部分を占める人件費の削減に取り組んでいる。2000年にはパイロット事業として、バッタンバン州、バンテアイメンチャイ州、カンポット州、コンポントム州において1,500人の兵士の動員解除を実施した。翌2001年10月から12月に本格計画である第一次動員解除が実施され、15,000人の兵士が全国10ヶ所の除隊センターで除隊し社会復帰のため全国に帰還した。さらに2002年には残りの15,000人の第二次動員解除が予定されている。

除隊兵士には現金240ドルが支給される他、150キロの米、2・5キロの魚の缶詰、3キロの油、塩、蚊帳、毛布、ハンカチなどが支給される。第二次支給として、家、家修理、モーターバイク、水ポンプ、発電機を支援する住宅支援と、牝牛、雄牛、水ポンプとリアカーミシンと自転車、自転車とモーターバイク/自転車修理部品の2種類のパッケージを用意する。

 

除隊兵士の置かれた状況

(1)除隊兵士の状況のギャップ

除隊兵士がおかれた状況は、その兵士の健康状態によっても大きく異なっている。健康な元兵士は再統合プログラムを利用して、自立している者も多いが、銃撃や地雷によって肉体的なハンディキャップを負った元兵士も数多くおり、経済的・社会的に自立する事が極めて難しい状況で生活している。(このプロジェクトにおいては、前者をカテゴリー1、後者をカテゴリー2に分類している)

カテゴリー2」に属する社会復帰が困難な元兵士を「個々の状況に合わせて」支援する役割、つまりソーシャルセイフティーネットの構築は、政府には困難であり、NGOによるきめの細かい支援が期待されている。


 

■典型的な「カテゴリー2」の兵士の状況■

Chchewコミューン、Anglokorng村
ヌーン・ソック氏(37歳)

1995年12月、戦闘中に爆弾の破片が首部に入り、それ以降、記憶喪失と精神障害をきたしている。妻は他人の家の掃除などをしているが、一日3500リエル(100円程度)の収入。薬代だけでも一日約4000リエルが必要だが、回復の見込みは薄い。奥さんが6人の子供を含めた家族を支えている。240ドルは全て滞納していた治療代の支払いに使った。現地の金貸しは年率約300%の利子を取るため、何よりも借金の返済を優先せざるを得なかった。

 


(2)元兵士の社会復帰を阻害する農村社会の現実

①土地問題と地雷

除隊兵士の多くは農村出身だが、農村に帰っても殆どの場合農耕に使用できる土地がない。国土が狭いこと、および地雷が多数残っていることなどが原因である。家を持つ除隊兵士の数は極めて少ないため、親戚や知り合いを頼って同居するか、軒下などに居住している例が多い。元兵士が農村に戻っても、自立するのに必要な土地が無く、小作農の下請け的な仕事をして細々と生活せざるを得ないことが多い。

 

②雇用機会の限定

農村社会においては、ハンディキャップを持った人が活躍する場が極めて少ない。また、上記のような理由で土地も限られているので地域でのビジネス起業を支援し、農業以外の雇用の機会創出を支援することは不可欠である。

 

③心身の後遺症

カテゴリー2に属する兵士の多くは深刻な後遺症に悩まされている。肉体的に傷ついているだけではなく、精神的なトラウマを抱えている者も多い。地雷で脚を失うなど目に見える傷害を持った人々のみならず、見えない傷によってハンデを負っている元兵士に対するサポートも必要である。

 

④教育機会の欠如

除隊兵士の多くは子供の頃から従軍しており、教育を受ける機会に恵まれなかった者が大半である。従って、地域でのビジネス起業を支援する場合、文字や技能などを学ぶ機会を同時に提供する必要がある。

 

⑤農村金融の存在と借金

傷ついた兵士の多くは治療代として多額の出費を強いられているが、多くは農村金融からの借金で賄っている。月額10~30%の利子の支払いが出来ず、家や土地、娘などを売って返済に充てざるを得ない例を多く見かける。

 

インターバンドによる独自の活動

(1)活動の独自性

武装解除プログラムは、多数の兵士を対象としているため、除隊後の社会復帰のための支援も一律的なものになる。インターバンドはNGOとしての特質を活かし、「もっとも困難な状況にある人」に対し、ソーシャルセイフティーネットになるべく個別サポートを行うことを目的として2000年、バッタンバン州において活動を開始した。(パイロットプロジェクトとしてバッタンバン州では420名を動員解除した。カテゴリー1は126名。294名がカテゴリー2)その後、2002年3月からはコンポンスプー州、タケオ州においても活動を行っている。現在まで3州において約100家族の支援を行っている。

地域のNGOと連携し、小額資金供与(月額20ドル)を行うと共に、自立のためのアイディアを共に考え実行する活動(個別訪問及びワークショップ実施による起業支援)を行っている。インターバンドが実施するプログラムの特長は下記の通りである。

 

①ジェンダーの視点

戦闘によって傷ついたカテゴリー2の元兵士は、自分自身は仕事への復帰が困難な者も少なくない。従って、家族、とりわけ配偶者や姉妹などの女性の能力向上によって自立を支援する視点が必要になる。そこで生活再建のためのアイディア提供やワークショップの実施は、女性が能力を発揮しやすい地域の小規模ビジネスを念頭において行っている。インターバンドは現地でマイクロクレジットなどの農村開発を送っているNGO「チブッ・トマイ」と提携してワークショップを実施し、効率的な地域ビジネス支援を実施しやすい環境作りにも力を入れている。

また、除隊兵士の娘などには機織や洋裁などの技術を身につけるべく現地NGO「ラチャナ」および「ノリア」と提携し、収入増加を図るサポートを行っている。

 

②ローカルマネー(クーポン券)

後遺症等に苦しむ除隊兵士は、月額20ドルの支援を生活再建よりも治療薬や賭博、酒代などに使う恐れがある。従って地域の薬局と提携し、病気の治療に必要な薬は、毎月10~20ドル分、家族の状況に応じローカルマネーを使って購入できるように配慮した。ローカルマネーが実用化されるためには信頼関係の構築が何よりも必要だが、事前の綿密な説明により有効活用に成功した。また、同じプログラムで支援している他の除隊兵士が始めたビジネスにおいても使用できるようにして、相互支援、相互交流が促進される状況作りにも配慮した。ローカルマネーによって薬の購入が容易になったことは、プロジェクト費用が自立のために有効活用される上で大きな役割を果たしている。

 

③仕事と市場の創造

手工芸品製作技能を持つ除隊兵士からココナッツ食器(フォーク、スプーン、箸、ポット等)を適正価格で購入し、インターバンドが提携するNGOショップ「アマホロ」において販売を行っている。仕事と市場を創造することで生活サポートを行うと共に、除隊兵士支援問題について日本の市民社会の問題意識を喚起することを目的としている。

④事業計画立案の指導

上記のような理念に基づき、プロジェクトが開始されている。家族が置かれた状況に応じ事業計画を共に立案し、毎月20ドルの小規模資金で開始できる最も有効なビジネスをアドバイスしている。まずは、リスクの少ない鶏や家鴨、豚を育てて売るプロジェクトから始めた家族が多いが、これらを組み合わせたり、自転車やバイク修理店を始めたり、また将来は小舟や投網を買ったりと、除隊兵士の生活プランは確実な広がりを見せている。豚の場合、生後2ヶ月の若豚の価格が約20ドルだが、約6ヵ月後には50~80ドルで販売可能である。また約1年で子豚を産むため利益はさらに大きなものとなる。鶏の場合は、若鶏の価格が一匹約1ドルだが、約2ヵ月後に2~2・5倍で販売可能となる。インターバンドが実施するワークショップによって病気や洪水被害のリスクを避けるためのワクチンの使用方法や鳥小屋の建築方法を教えるなど様々な知識も伝達されている。

 

⑤除隊兵士を講師としてのワークショップ実施

プロジェクトによって社会復帰、収入増加に成功した、「カテゴリー2」の除隊兵士を講師としてワークショップを実施。生活再建のための有効な事業実施の方法などについて話し合いの場を持った。肉体的ハンデを持つ除隊兵士自らが講師としてアドバイスすることは、同様の境遇にある除隊兵士・家族にとって大きな励みとなった。また、今後プロジェクトを拡大する上でも、このような人材を育てることは有効な対応であると言える。 

(2)第一次、第二次支援家族の評価

2002年8月、6ヶ月の支援終了後、除隊兵士・家族を訪問し、どのような効果が得られたか調査を行った。第一次、第二次支援を終了した30家族中、26家族において生活向上が確認された。もっとも、4家族については生活向上に寄与することはできなかった。以下において、生活向上が確認された26家族の成功要因と、生活向上に寄与できなかった3件の失敗要因分析して、その結果を記している。

①成功要因の分析

成功例を分析したところ、リスクを軽減するため、鶏や家鴨などの比較的容易で成果が上がりやすいプロジェクトからはじめ、徐々にリスクは高いが利潤も大きい豚、さらに、舟や投網、さらにケーキ作りなどに多角化し、リスクを分散していくことが成功の条件である。自然にそうなっていった例も多いが、広く状況を知るアドバイザーが、環境、能力、貧困度などを考慮した上で適切なアドバイスをすることが必要であろう。農村に住むカンボジア人はともすれば画一的な発想をする傾向があり、周辺の成功体験を鵜呑みにする傾向があるため、彼らの発想の実現可能性については外部者が的確なアドバイスを行うことが望ましい。

また、自転車、モーターバイク修理や店を始める場合、宣伝や営業的要素も必要なこと、周囲との差別化を図ることなどを理解させる必要があろう。

②失敗要因の分析

生活向上に寄与できなかった例が3件あった。一件は、除隊兵士自身が老齢(61歳)であり、本人が肺病で重体である上に同じく闘病生活を送った奥さんの世話が必要で、さらに娘が精神障害を持っているなど悪条件が重なり、収入増加プロジェクトに専念できる状況ではなかった。 娘さんにはミシンを寄贈し、縫製技術を生かして自立するサポートを行ったが、洋服の修理などを行ったにも関わらず代金回収が難しく、生活向上に寄与することができなかった。

もう一件は、事業計画における状況把握が甘かったことが主な原因である。当初始めた中華ソバ屋、次いで始めた雑貨屋は失敗。その後飼育を始めた養鶏は全滅した。養鶏など比較的容易なプロジェクトから難易度を高めていくべきであったが、主要道路から遠く離れた場所に住んでいたため商売を始めるには不都合であった上、20ドルでは商売を始める上での初期投資額としては十分ではなかった。また、ちょうど赤ん坊が生まれ、奥さんが事業に主体的に参加できなかったことも要因であろう。もう1件は、夫の暴力により夫婦での協力体制構築が不可能であった。

病気や多額の借金など悪条件が重なると6ヶ月間のプロジェクトだけでは救い得ない状況は存在する。しかし、もっとも厳しい状況におかれた除隊兵士・家族であっても、起業に必要な小額の原資と基本的な情報が提供された時、更なるアイディアを見出して自立に向けての行動を逞しく開始することが証明されたと言える。 

(3)プロジェクトを実施する上での課題

①怪我や病気に対する対応

家族への支援は半年間と限定しているため、プロジェクト期間内に確実に自立に向けた基礎を築くことが必要とされる。また、病気等の治療に関しては、ローカルマネーによってある程度の成果を挙げたが、根本的な治療は、自立を実現した後家族が自らの責任で行うことになる。この点に関しては、今後は医療NGO、AMDAとの提携などで自立への支援を強化する予定である。

② 支援家族の選択

今後プロジェクトを継続する上で、支援兵士(家族)をどのように選択するべきか、公平を期すためには綿密な調査が必要である。インターバンドは調査を行う上での質問事項などを確立し、多面的な調査を行っているが、村に住む家族は何らかの生活困難に直面しているため、支援している除隊兵士の家族が阻害されないような心遣いも必要とされる。

 

おわりに

カンボジア和平に関して大きな役割を果たした日本政府は、紛争後の平和再建に関してもより強いイニシアティブを発揮するべきであろう。除隊兵士問題に関し、日本国民の関心は非常に低いと言わざるを得ないが、カンボジアの平和プロセスを進展させるためには避けて通れない問題である。この問題に関しては、ともすれば画一的な対応となり勝ちな援助の在り方を見直し、「個」の対応を充実させる必要がある。インターバンドはJICAと「小規模開発パートナーシップ」契約を締結し、協力してプロジェクトを実施する事となったが、今後も現場のニーズに基づいた政策提言を続けていくつもりである。