2001年ルワンダ地方選挙

19944月の虐殺からほぼ7年が経過しようとしていた200136日、ルワンダにおいて共同体首長を選出する全国的な地方選挙が行われた。この選挙は虐殺以後初めて行われる秘密投票であり、ルワンダ政府が政策として掲げる民主化・地方分権・和解を促進する重要な意味合いを持つものと位置付けられる。ちなみに1999年に行われたCellレベルでの指導者選出選挙における投票方法は、投票者が選んだ候補者の後ろに列を作る方法で投票の秘密が全く無いものであった。今回の選挙では国民の祝日とされた投票日の36日に向け、有権者登録は15日から15日の11日間、選挙キャンペーンは218日から34日の2週間行われた。36日の投票日を経て、翌日37日の開票・集計作業によってSectorでの指導者選出、続く38日にDistrict指導者が選出された。

今回の選挙に際して、ルワンダの8つの市民団体・NGOPOER (Programme d'Observatoire des Elections au Rwanda:ルワンダ選挙監視プログラム)を組織、選挙監視を取りまとめた。POERの代表は社会における女性の重要性を示す意向から、女性支援の活動をしている現地NGOのネットワーク組織PRO-FEMMEの代表を務めるカニテシ・マチルダ女史に決定された。監視活動は国際監視員・ルワンダ人監視員の混成チームで行れた。

ルワンダにとって、今回の地方選挙が自由かつ公平に行われ民主化と地方分権が順調に進んでいること、国民の意思により民主的に指導者が選ばれていることを国際社会にアピールする意図は大きい。政府支持の新聞も今回の選挙が未だかつてない民主的なものであったと述べ、特に前回99年の選挙との違いを強調している。しかし前回との違いを強調するあまり、前回の選挙がいかに非民主的だったかを露呈する解釈も可能になる。例えば、「以前の選挙では決められた人物に並ぶように投票所でも軍による圧力があったが、今回は違ったので投票する価値があった」と語る女性の話などである(ルワンダの英字新聞The New Times)。

投票・開票・集計プロセスに関して、場合によっては市民によって配られていた選挙民登録カードなども意図的に行われた可能性もあるが、不備や欠陥のほとんどは選挙全体に影響を及ぼすほど深刻なものではなく、投票所でのNECスタッフの説明含め監視する限り大きな問題無く行われていた。NECによる投票プロセスの啓蒙活動はポスターやメディアを使ったものに加えキャンペーン中の説明など多くの機会に繰り返し行われ、有権者の理解に貢献したと評価できる。しかし事務的な手続きのうちにある不備や欠陥と同時に、国際選挙監視員が監視をする際に重要になるもうひとつの争点はその背後にある政治的な不正・操作・圧力である。今回のルワンダ選挙監視において、後者に関してはいくつかの点から公正かつ民主的に行われたとは断言するのは困難である。

第一に、候補者選出過程において圧力や規制、操作が存在した可能性の高い点が挙げられる。監視員の質問に対し、候補者の必要条件を満たしているが自分の名前は指導者に却下されるから、また現政権に対抗していると見られるのを避けるため立候補しなかったと述べた者もいた。選挙前には官僚は候補者選びに何らかの関与をしたと政府から疑われるのを恐れて地元に帰るのを自粛していた、また自分のSectorの候補者は全て政府で働いている元同僚だったとの現在NGOで働いている元政府職員の知人からの証言もあった。

第二に、有権者が自ら選挙への参加・不参加を決める以前に圧力や恐怖によって投票所へ足を運んでいた点がある。これに関しては1月に行われた選挙民登録が義務だったため人々が投票も義務であると思いこんでいる可能性もある。しかしラジオで地方指導者が投票は義務だと語っていたとの証言、NECによる啓蒙活動において「投票は市民としての責務(civic duty)」と強調していたが、キニヤルワンダ語ではdutyobligation(義務)の間に違いはないため背けば罰せられると理解していると語る者も多かった。ルワンダのカガメ大統領は218日放送のルワンダ唯一のラジオ局(国営)であるラジオルワンダのインタビューにおいて、「投票は義務か?」との質問に「義務ではないが、投票に行かないのならそれなりの理由があるべき」と答えている。

第三に、選挙監視に関する法律・手続き・許可が全て投票日直前に設定されたり遅れが出るなどして選挙監視活動に支障をきたした点が挙げられる。選挙監視に関する法律は投票日5日前の31日に官報によって公開され、監視員への信任状が発行されたのは投票の4日前であった。またPOER国際選挙監視員のように必要書類を提出したにも関わらず信任を得られなかった監視員も存在した。そのため多くの監視員が有権者登録、候補者登録、選挙キャンペーンの監視や時には投票日の監視も妨げられた。公平かつ十分な選挙監視には、選挙プロセスが始まったその時から状況をつぶさに追うことが不可欠である。

今回のPOERによる選挙監視は、ルワンダ市民社会の構成員により選挙という社会の民主化プロセスを評価・判断し、社会にむけ発信するまさにそれ自体が民主化プロセスの重要な段階のひとつになるものであった。現地監視員の重要な役割はその社会での物事のコンテクスト(文脈)を十分に把握している点である。国際監視員の強みは、自分の国の事例と比べるなどして客観的な価値判断が出来る点にある。今回のようにNGOなどの市民社会に属するルワンダ人監視員がほぼ初めて監視活動に携わった場合、その監視の技術的側面・細かさなどが必ずしも満足な者ばかりではなかった。また政府の規制が強い国家では、コンテクストを理解し監視技術や視点が優れている現地監視員でもそれが政治的なものに及ぶと意見を報告することを躊躇する場合があることも否定できない。それだけに、国際選挙監視員との相互関係やトレーニングによってその実力や視点が磨かれ、それがその国の市民社会の強化につながることが民主化の促進に必要不可欠な要素のひとつでもある。

1994年に起こった虐殺により50万人とも100万人とも言われる犠牲者を生む悲劇を経験したルワンダの今を理解しようとする時に生じる問いがある。「歴史的意図的に作られた民族間の亀裂は和らげられたのか」「人々の間の和解は可能なのだろうか」。今回20013月に行われたルワンダ地方選挙は、ルワンダが国家政策として掲げる通り、民主化、和解、癒しの過程をゆっくりであっても確実に促がすものであるべきである。今回の選挙監視によって指摘されたような課題はルワンダ政府とその国民双方にとっての教訓となり、それを生かすことが今後前進することにつながり、不正をうやむやにすることはルワンダ社会の目指すものから一歩遠ざかることにつながると言える。市民社会が独自に自分たちの所属する社会の行く末を監視し、その意見が国家に反映されることが可能である段階が成熟した民主主義のひとつの形であると言えるならば、その前段階のひとつである選挙、またさらにその前段階である選挙監視が規制なくより効果的に行われることが今後の重要な課題のひとつであろう。

 

(報告:瀬谷ルミ子)